玄関を上がるとき、親が壁に手をついた。前はそんなことしなかったのに。
お風呂場をのぞいたら、湯船のふちに滑り止めもない。脱衣所はひんやりしている。
帰るたびに何か気づくのに、「気をつけてね」と言って帰るだけで終わってしまう——。
離れて暮らしていると、できることは少ないように感じます。ただ、帰省のときにしかできないことは、実はあります。
転倒は「外」より「家の中」で起きている
意外に思われるかもしれませんが、高齢者の転倒事故は住み慣れた家の中で多く起きています。東京消防庁の統計では、救急搬送された高齢者の事故のうち、8割前後が「ころぶ」事故で、その多くが住宅で発生しているとされています。
そして場所も偏っています。よく挙げられるのは次のような箇所です。
- 玄関の上がり框(あがりがまち)。段差が高く、靴を履くときに片脚になります
- 敷居・カーペットの端・電気コード。数センチの段差でつまずきます
- 階段。とくに下りで、手すりがない側
- 浴室・脱衣所。濡れて滑りやすく、裸足で移動します
- ベッドや布団から起きるとき。夜間、暗い中でトイレへ向かう動線
そして本人は、たいてい「大丈夫」と言います。悪気ではなく、変化が緩やかなので自覚しづらいのです。前回の帰省と比べられるのは、離れて暮らしている家族のほうかもしれません。
冬のお風呂で起きていること
もう一つ、帰省のときに確認したいのが浴室です。
消費者庁の公表資料では、令和4年の1年間に、家や居住施設の浴槽で溺れて亡くなった65歳以上の方は5,824人とされています。同じ年の65歳以上の交通事故死亡者数(2,154人)の2倍以上です。そして、その多くが冬季に集中しています。
原因として挙げられているのは、次の2つです。
- 暖かい部屋と、寒い脱衣所・浴室との温度差による急激な血圧の変動
- 熱い湯に長くつかることによる体温上昇と、それに伴う意識障害
大事なのは、これが特別に身体の弱い方だけの話ではないということ。日本の住宅は断熱性能が高くないものも多く、部屋ごとの温度差はごく普通の家で起きています。
そしてもう一つ。親が「面倒だからシャワーでいい」と言うようになったら、それは好みの変化ではなく負担の変化かもしれません。湯を沸かす、追い焚きを待つ、掃除をする。二人暮らしや一人暮らしになると、この手間が重くなります。
帰省のときに、費用をかけずにできること
ここからが本題です。お金をかけずに、しかも帰省したときにしかできないことを挙げます。
① 家の中を、親の目線で一周する
玄関から寝室、トイレ、浴室まで実際に歩いてみてください。確認するのはこの5点です。
- 玄関に腰かけて靴を履ける台があるか
- 浴室と浴槽に滑り止めマットがあるか
- 階段と廊下に手すりがあるか(下りで使う側にあるか)
- 夜のトイレまでの動線に足元灯があるか
- 床にコード・新聞・チラシが置かれていないか
滑り止めマットや足元灯は数千円で買えます。帰省中に買って、その場で設置してしまうのが確実です。「今度買っておくね」だと、たいてい半年経ちます。
② 入浴の手順を、一緒に確認する
消費者庁が挙げている対策です。機器の有無に関係なく、全員に必要なことです。
- 入浴前に、脱衣所と浴室を暖める(これが最優先)
- 湯温は41度以下、湯につかる時間は10分程度までを目安に
- 浴槽から出るときは、急に立ち上がらない
- 食後すぐ・飲酒後・薬で眠くなっているときは避ける
- 入浴前に、同居者へ一声かける
最後の項目は、離れて暮らしていても応用できます。「お風呂に入る前にLINEを一本送って」と決めておくだけです。既読がつかない時間が続けば気づけます。
③ 運動は「時間」ではなく「回数」で置く
「毎日30分歩いてね」は、ほぼ守られません。代わりに機能するのは、すでにある生活動作にくっつけるやり方です。
- 座る前に3秒:椅子に座るとき、勢いよく落ちずに3秒かけて下ろす。座る回数だけ反復されます
- 歯磨き中にかかと上げ:洗面台に手を添えて上げ下げ。歯磨きが終われば終わりです
- 玄関で靴下を立って履く:バランスが取れる範囲で。壁に手をついて構いません
新しい習慣は続きませんが、既存の習慣への上乗せは残ります。
それでも続かないときの選択肢
ここまでを整えて、それでも「運動が続かない」「お風呂が面倒なままだ」という場合に、選択肢として道具があります。順番として、必ず後です。
パルストレーナー(運動機器)
ベルト状の電極を両脚に巻き、電気刺激で下半身の筋肉を動かす運動機器です。親世代にとって現実的なのは、座ったまま使える・天気に左右されない・20〜30分で終わるという点です。
バスポカ EXeco(循環温浴器)
浴槽のお湯を循環・ろ過しながら設定温度を保つ機器です。変わるのは主に「手間」の部分——沸かす手順が不要になり、追い焚きの待ち時間もなくなります。湯を張り替える頻度が下がるため、掃除の負担も減ります。
「お風呂が面倒」の中身を分解すると、その多くは入浴そのものではなくその前後の段取りです。そこが減ると、入浴の回数は戻りやすくなります。
贈り物として考えるときの注意
正直に書いておきます。この種の機器は、本人の意向を確認せずに贈ると失敗しやすいです。健康関連の贈り物は、こちらの心配がそのまま「あなたはもう弱っている」というメッセージとして伝わることがあります。
有効なのは、先に一緒に体験してもらうこと。「こういうのがあるらしいから、見に行かない?」と誘って、本人が「これならできそう」と言ったものだけを選ぶ。順番を逆にするだけで結果が変わります。
まとめ
- 転倒は家の中で起きている。見るべきは「歩けるか」ではなく歩き方が変わっていないか
- 浴槽での死亡者数は交通事故の2倍以上。まず脱衣所と浴室を暖める
- 数千円のマット・足元灯は帰省中にその場で設置する。「今度買うね」は半年かかります
離れていてもできることは、思っているより残っています。次に帰るときは、家の中を一周してみてください。